見合い

梅雨の話

中国女性とのお見合い

奇妙なお見合い同居生活

 僕が上海に行くことを知った中国人の友人は、「親戚に結婚したい女性がいるからお見合いをしないか?」、と言ってきた。「そう深く考えず、ただ会って気に入るかどうかだけだよ。」、とも言う。東北の長春の 人だそうで、僕は言葉通り深く考えずに、「いいよ。」、と言ったが、煩わしい事が入ったことに後悔した。

 以前別の中国人の友人が、「東北の人は真面目でお勧めだよ。」、と言っていたのを思い出していたことも、うん、といった理由かもしれない。まぁ、会ってみるか、と言う感じで、お見合いと言う感じではなく、期待もしていなかった。

 そのお見合いの人は長春市の人で年齢47才、離婚したそうで、子供はいるが大人になっているので問題ない、とのことであった。なにが問題ないか良く判らないが。長春から上海まで列車で40時間位かかるとか、初め飛行機で来るとか言っていたが、列車にするらしかった。

 僕が上海に着いた翌日、日本にいる友人から国際電話があり、お見合いの人は上海に今日の夜に到着するが、疲れた顔は見せたくないので、翌日会いたい、と言うことであった。僕はこの日、町に出かけ、歩き回り、散策写真を撮っていた。

 僕が今回宿泊した上海老飯店は老上海街に有り、周囲は趣があって気に入っているところである。ホテルはきれいとは言い難いが、歴史を感じさせる中国的なところが良い。昼間は人で賑わっているが、夜は意外と静かになる。

 夜11時ごろホテルでテレビを漫然と見ながらそろそろ眠たくなってきたな、と思っている時に僕の携帯が鳴った。誰からか不明であったが、長春のお見合いの人であった。「今上海駅に着いた、すぐそちらに行く、どのホテルに泊まっているか?」、と聞いてきた。

 あれ、約束と違うよ、と思ったが、「上海老飯店にいる。」、と答えた。僕は四声とピンインを思い出しながら、数回言ったところやっと通じたらしく、すぐ行くと言ってきた。発音しやすく、すぐ分かるホテルに泊まって良かったなと思った。

 それから30分位であったろうか、ドアをトントンと叩く音がして、そのお見合いの人と会ったのである。会った瞬間、タイプの人でなく合わないな、と思った。中肉中背の目鼻は整っている人であった。

 お決まりの自己紹介や、おみやげのやりとりをし、一段落終えた時、今日は何処に泊まるの、という意味で、どうする、と言って、僕はシングルベットを指した。そのお見合いの人は笑っていた。もうその気になっているのか。僕の性格や状況は日本にいる友人から聞いているらしく、心配なさそうな感じであった。

 僕は狼狽した。あっ、そうだ、日本にいる友人に電話しよう、今12時。日本は夜中の1時か、まだ起きているはずだ。そう思い、電話をかけた。「来ちゃったよ、どうしようか。」、と慌てふためいて聞いた。友人は、「なにも焦ることはないじゃん、別の部屋を取ったら?」、と言ったので、その手があったんだ、と僕は自分の頭の回転の鈍さにあきれ、また対策が出来たことに安堵したのである。

 すぐ部屋を取るべくカウンターに行き、空いた部屋が有ったので事なきを得たのである。この日は無事終わったが、次からどうなるやら。

 翌朝一緒にホテルでバイキング形式の朝食をとった。お見合いの人がおかずを取りに席をはずし、僕が1人になるのを見計らってたように、なじみの食堂係りのおばさんがさっと来て、にやりとしながら聞いてきた。「あの人、あなたの奥さん?」、僕はムッとして食事をしていた。

 食事後、このホテルを出て友人が予約したホテルに移動するのである。友人がホテルのオーナーの奥さんの友達と言うことで、安く泊まれる事ができたのである。友人は気を利かせてダブルベットの部屋を予約していたが、チェックインの時、ツインに換えて貰った。お見合いの人は笑っていたが、僕はツインの部屋が取れてほっとしたのである。

 それから奇妙な同居生活が始まった。朝食はホテルで一緒に食べ、僕は午前中写真を撮りに出かけ、お昼に戻り昼食を一緒にとり、しばらく休んでまた写真を撮りに出かけ、夕方ホテルに帰るのである。それから一緒に夕食を食べる、そんな生活を4日間していた。少し長くいると、好きになるかもしれないとも思ったのである。


 お見合いの人は僕の留守中、日本にいる僕の友人に電話で連絡をとっているらしくかった。その内僕のところにも直接かかってきた。「あんまり会話がないようだけど。」、と聞いてきた。僕は「そうでもないよ。」、と言った。

 お見合いの人は外出着は2着持ってきたが、室内着は持ってこず、部屋では黒いシミーズ姿で歩き回っていたので、僕は部屋にいるときは、視線のやり場に困り、歩き疲れたと称して、布団をかぶっては休んでいたのである。

 お見合いの人は快活な人で、服のセンスもよく、また体格の方も出ているところは出ていて、スタイルの良い人であった。足は中国人特有のスマートさがあった。年よりも5歳くらい若く見える。こういう人が好きになりそうなのは僕の友人の周りでも結構いるな、と思った。

 僕が上海に到着した日、上海にいる友人のRさんに、「今回の上海滞在中にお見合いをするんだ。」、と口をすべらせてしまった。そのRさんから、見合い数日後に僕の携帯に電話がきた。興味深々に、「どうだった?」、と聞いてきた。

 「今一緒にいるよ。」、と言った。何か経過が知りたそうな口ぶりであったので、僕の方から「3人で食事でもどう?」、と誘ったのである。

 僕ら3人はホテルの近くの江南料理がうたい文句のレストランで食事をした。良いタイミングを見計らって僕はRさんに、「こちらお見合いの人は好きなタイプではないよ。」、と言った。お見合いの人はうつむいて、「そう?」、と言った。

 更に僕はRさんに向かって、「Rさんの好きなタイプじゃないの?、僕ら2人は数日間ホテルに一緒にいたけど、セックスは無いよ。」、とも言った。Rさんは苦笑していた。お見合いの人も苦笑していた。

 事実何にも無かったのだ。好きなタイプでは無いことと親戚の人ということで、慎重になっていた。僕は初めて知ったが、お見合いの人は夜眠れなかった、と言っていた。そりゃそうだろう、知らない男しかも外国人が近くで寝ている。覚悟をしていたとしても、何時寝床にもぐりこんでくるか分からないのだから。

 僕の方は歩き疲れたのと、このお見合いの人は僕の寝床にもぐりこむ人ではないと知っていたからか、毎日ぐっすり眠っていた。

 第3者がいると断りの話もしやすく、話もあっけらかんで終わる。また同じ中国人がいると、その中でのお見合いの人の対応ぶりがわかり、1対1の時とは違った側面が見えてくる。僕らは話が弾んで、閉店時間を1時間も超過していた。店のウェートレス達は、僕らが終わるのを催促せずにじーっと待っていた。やっぱりここは中国だ。


 それから次の日の朝、僕はお見合いの人を見送る為、人、人、人で混雑している駅へ一緒に行った。帰りの荷物が多いせいか、見送り人の僕もホームに入れてくれたのである。おみやげの他に約40時間の長い乗車時間に必要な水、食料品等を買いこんで、1人ではとても持ちきれないのだ。一緒に列車内の3段ベットになっている指定の座席まで届け、ホームで発車を待っていた。

 お見合いの人は、「電話ちょうだい!」、とか言っている。僕はあての無い返事をしていた。そしてこの長い距離、長い時間、あの狭い3段ベットで我慢して乗って来る、女性のハングリー精神を考えていた。もっとハングリーだったら僕のベットにもぐりこんで来て、今頃はどうなっていたか分からないな、と思いながら、ホットとしていたのである。

 発車合図の汽笛が鳴った。中国の列車の汽笛を聞くたびにいつも思う。日本の汽笛と比べるとなんと悲しい音色なんだろうと。そう思いながら、僕の心は悲しさとは反対に晴れ晴れとしていた。

東京の空と上海の空
   〜トップページ

町のにおい
下町と里弄
東京都と上海市
洗濯とドライクリーニング
ホテル
夏とクーラー
トイレ
サウナ
東京語と上海語
正月と旧正月
焼き芋とさつまいも
喫茶店と茶館
梅雨
マッサージ
お月見と月餅
マンションとアパート
夕食
成田空港発の上海行き最終便
中国女性とのお見合い
ペットの猫の話
携帯電話について

プロフィール

リンク集
リンクについて

Copyright (C) 東京の空と上海の空 All Rights Reserved