喫茶店と茶館

喫茶店と茶館の話

喫茶店と茶館の話

喫茶店と茶館で気分は上々

  僕はコーヒーが好きで、コーヒー豆を買っては自分で入れ方を変えたり、豆の種類や挽き方、温度、フィルターなどいろいろとトライしていた。豆はキリマンジャロの酸味が好きだ。

 またよく喫茶店にも行く。コーヒーと喫茶店は切っても切れない仲だ。ところで上海の茶館ではお茶がメインである。

 日本の喫茶店にも文字通りお茶が飲めるところがある。ある所では抹茶セットというメニューがあり、和菓子と一緒に提供している。

 また家で抹茶を入れてもらって飲むこともあるが、僕は茶道の心得が無いからこれは稀と言える。やっぱりお茶は家で毎日ではあるが、ゆっくりとした時に飲みたい。この場合上等な煎茶が良いのである。そう思う人が多い理由からか茶館のようなのは日本では発展しなかった。

 東京でも中国茶が飲める茶館がある。ミニコンサートのようなものをやったり、講習会を併設していたりする。中国茶も奥が深い。

 また紅茶を専門としているとしているところもある。普通の喫茶店ではなぜか水っぽいのであるが、ここでは各種の茶葉が楽しめる。

 1960〜70年代的な喫茶店が何か落ち着く。今の東京では本当に少なくなった。繁華街の場末にあるような、寂れた感じがまた落ち着いて良い。好きな格好で本を読むことが出来そうな雰囲気だからである。本来単独行動が好きなので、カフェバーのような洒落た所はどうも落ち着かない。

 ジャズ喫茶にも入り浸ったことがあった。新宿のDIGや吉祥寺のMEG等である。1杯のコーヒーで何時間も聞いていた。お尻が痛くなるので座布団持参で行ったこともある。あの頃はきちがいのように聞いていた。いつの間にかジャズのレコードもたまり、1000枚を超えるようになっていた。


 日本での喫茶店はコーヒとの関係なくしては発展しなかった。日本が鎖国をしていた江戸時代、ヨーロッパの国々では、すでにコーヒーは、ごく一般的な嗜好飲料になっていた。

 江戸時代の末期、幕府はそれまでの鎖国政策を放棄して、函館・新潟・横浜・神戸・長崎の五港都市を開港した。これらは諸外国の文明や文化を導入する窓口となり、たくさんの外国の商人がやって来たので、必然コーヒーがこれら港町で飲まれるようになった。

 特に横浜や神戸では、立ち寄った外国人にコーヒーを出して接待をしているうちに、店頭で、あるいはより発展した形態での喫茶店形式となり、これが喫茶店の始まりとなった。

 さらに今のような喫茶店になったのは大正時代からである。1920年代には喫茶店ブーム、1950年代後半にジャズ喫茶、歌声喫茶、名曲喫茶などが流行、美人喫茶というのもあった。そして英国式紅茶専門店も出来てきた。

 1960年代後半から1970年代、日本では純喫茶が流行し、店主自らコーヒーを淹れるこだわりの店が増えた。しかしチェーン店形式のコーヒーショップや外資系チェーン店による低価格品の攻勢で、旧来の喫茶店が激減した。

 上海の喫茶店ではウエートレスが入り口に立っていて、「光臨、光臨(グアンリン、グアンリン)!」と言う所が多い。やはり決定的に人手が多いのは日本と違うところである。日本の喫茶店よりはソファーが柔らかく、また広い。

 水も日本と同じで先に出る。ちょっと飲むには抵抗がある。水でやられたことがあるから、素性が分からない生水は飲まないことにしている。

 ペットボトルで売っている場合でも注意を要する。既に蓋が開けられているらしく、開ける時のカチッとした感触が無いこともあった。水道水がつめられている可能性があるので、こういう時は飲まないでペットボトルごと捨てる。

 要するに最初、蓋を開ける時の感触、音に注意する。製品によってはこの開ける時のカチッという感触が弱いものがあるので、最初だけは神経を使うのである。

 何か気をとられながら開けた場合に、最初の感覚が分からない場合がある。あれっーカチッと音がしたかな、と分からなくなった場合も廃棄するのである。

 またよく知られたメーカーのを選ぶようにしている。お茶ではサントリーとかキリンの無糖のウーロン茶や中国でも有名な銘柄のジャスミン茶等を選ぶようにしている。

 外国のもので有名なもの、例えばフランスのエヴィアン等は選ばないようにしている。外国のものは利幅が大きいので偽物が作られやすい。事実、摘発された記事が載っていたという話を聞いたことがある。

 上島珈琲や真鍋珈琲と言う名前の喫茶店は、あちこちに有り食事も出来る。何よりもゆったりできるのがうれしい。丁度昼めし時、屋台や食堂が混雑している場合、特に近くに中学校などが有れば、最悪の混雑となる。この場合屋台や食堂よりも値段が高いせいか、比較的空いている喫茶店でそばなどの軽い昼食をするが良い。落ち着いて食べられる。

 またふと入ったマンションの住宅街にある喫茶店はオーナーが日本人のようで趣味でやっているような感じであり、メニューも日本語で説明してあった。やはりこういうのは値段が高い。

 またスターバックスのようなコーヒーショップも増加している。コーヒー好きな人には簡便でうれしいところである。

 茶館というのもある。中国茶館は唐代から始まり、中国における伝統文化の一つである。もとは旅人の喉の渇きを癒す為にお茶を淹れるようになったのが始まりで、宋代には経済の発展と共に茶館の形はさらに発展した。

 南宋の時代には、都を現在の杭州に移し、都市の商業の発展により茶館も書、画、骨董品などを飾るようになり、飛躍的に発展した。また、この頃から茶館は商談の場や娯楽へと変化し、明・清代にはより盛んなものへとなっていった。

 その後、一時は途絶えた茶館だが、改革開放と共に復活し、現在上海では、古典的な茶館や杭州式のお茶請けが食べ放題の茶館、あるいは伝統と西洋のモダニズムが融合した新しいスタイルの茶館など、さまざまな様式のものが増えつつある。



 出来たばっかりの中国式の喫茶店でお茶を飲んだことがある。概観は普通の喫茶店であり、伝統的茶館のようには見えなかった。丁度梅雨時、雷ととも大粒の雨が降り出し、雨宿りする場所を捜したところ丁度良く喫茶店のようなものを見つけたので入ったのである。

 お茶を注文すると目の前で中国式のお茶作法でお茶を入れてくれた。あと菓子や果物が2〜3種つき、作法や茶器、道具などいろいろ細かく説明してくれるけど、「よく分からないよ」、といったら、紙に説明文を書いてくれた。その熱心さには頭が下がった。閑散としてお客さんも少なくこれでやっていけるのかと心配した。

 また別形式の茶館もあった。中国茶を注文すると、頼んでもいない添え物のおつまみがすごい量出てきた。このお茶請けが無料というのを聞いてまた感激したほどである。果物やお菓子、乾燥くだもの、木の実やせんべいのようなものが10種類以上か。お茶代も高いと思いきやごく普通の料金であった。

 こういうのは杭州式という茶館であるらしい。友人と行き、ビールを飲んだりつまみを食べたりしていたら、丁度夕暮れ時になり、ここでそばを追加注文し、もうこの日の夕食としては十分と相成ってしまった。それほど付き出しの量が多かった。

 またある茶館では2階は茶や果物、菓子類で、1階は食事をするところというのも有った。椅子がソファのようにゆったりとして気分が良い。このような伝統的な茶館もまだまだ人気があるようだ。

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